【登城記】郡山城(日本100名城 No.72) – 其ノ四

2011年5月15日、吉田郡山城の登城記も其ノ四。
いよいよ本丸へと入っていく最終話です。

前回の其ノ参では登山道入口から三の丸石垣までご案内しましたが、
今回はその続きから。

二の丸跡

二の丸跡

三の丸石垣を横目に、登りたどり着いた広い場所。
そこは郡山城の二の丸跡でした。

二の丸跡の碑

二の丸跡の碑

二の丸跡の中央には、碑と二の丸についての説明書きがありました。
二の丸は本丸の南に位置し、東西36メートル、南北20メートルの広さがあります。

二の丸について

二の丸について

二の丸の南側には高さ約3メートルの石垣が存在しているが、
毛利元就公の墓所改修の際にここから石を運んだらしく、あまり残っていないらしい・・・。

二の丸から見た三の丸

二の丸から見た三の丸

そんなわけで二の丸から三の丸を見下ろしてみました。
ここに石垣がそびえ立っていたということですね?

二の丸

二の丸

さて、再び二の丸。
もうひとつ説明板があるので見てみます。

郡山城跡案内図

郡山城跡案内図

こちらは山全体の案内図でした。

案内図をアップで

案内図をアップで

こちらのほうが地形がわかりやすい。
二の丸はさほど広くなく、三の丸が大きかったんですね。

さらに上の段へ

さらに上の段へ

さて、さらに目の前に見える一段上の曲輪へと進んでみましょう。

本丸跡

本丸跡

さて、たどり着いたひとつ上の段は本丸跡でした。
あれ?さらに一段高い曲輪が北側にあるけど・・・って思いましたが。

本丸について

本丸について

説明書きを読んでみると・・・
北側の一段高い部分は、櫓台だったそうです。

本丸跡

本丸跡

ちなみに元就時代の郡山城には天守閣は無かったとされています。
その代用として、櫓が建っていたらしいのですが・・・
毛利輝元時代には三層三階の天守があったとか無かったとか。
そういえば麓の歴史民俗博物館の入場券には天守閣が描かれていましたね。
真実はどうなんだろうか?

櫓台へ

櫓台へ

さて、そんなわけで郡山城で一番高い位置にあります櫓台へ。

最上部

最上部

さて、やっと標高389.7メートルの最上部、
櫓台跡へと登って来ました。
登山道入口からここまで、おおよそ25分ほどでした。

櫓台跡内

櫓台跡内

櫓台は長さ23メートル、幅が10メートルの広さ。
しかし、現在は破損がはげしく崩れてきているらしい。

櫓台から本丸と二の丸を望む

櫓台から本丸と二の丸を望む

櫓台からの眺め。
本丸と二ノ丸を見渡せます。
私たち以外にも登山の方が1名おられました。

景色

景色

この櫓台・・・
おそらく見張り台みたいな使われ方をしていたと思うのですが、
現在は木々が生い茂り、景色は何も見えません・・・。

崩れ

崩れ

そして先ほど書いたとおり、少し崩れてきている感じが見られます。
こんな場所にクイズ置くのは危険かとも思います・・・。

枡形?

枡形?

本丸には枡形っぽい形?

登頂記念

登頂記念

そんなわけで、吉田郡山城の登城記でした。

【日本100名城スタンプ】

設置場所:安芸高田市歴史民俗博物館

設置場所:安芸高田市歴史民俗博物館

【郡山城登城記】

  1. 【登城記】郡山城(日本100名城 No.72) – 其ノ壱
  2. 【登城記】郡山城(日本100名城 No.72) – 其ノ弐
  3. 【登城記】郡山城(日本100名城 No.72) – 其ノ参
  4. 【登城記】郡山城(日本100名城 No.72) – 其ノ四

【郡山城についてはこちら】
日本100名城 No.72 【広島県安芸高田市】郡山城


お城部長 の紹介

お城部.com管理人のお城部長です。 ブログの執筆をしつつ、週末は名古屋から日本100名城を中心としたお城旅に出たりしています。 旅行好きな広告業勤務の30代。
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