お城一人旅の最終日。
前日入りしたホテルがお城とは反対方向だったので、駅からお伝えします。
水戸駅の北口です。
それなりに交通量のある、人が多い駅ですね。
ここから目指すのは茨城県唯一の日本100名城、水戸城です。
歩いていける距離らしいので、得意の徒歩です
水戸城があった辺りは県庁なども置かれ、様々な人が行きかっていました。
まぁ朝早かったというのもあったのですが・・・
さて、そのうち突き当たるこの中には小学校がありました。
その名も三の丸小学校。
ここが水戸城の三の丸であったことがわかります。
さらに北上。
小学校の壁がお城の塀みたいに作られてていいですね。
さて、しばらくすると左手に見えてくるのが弘道館。
学問を学ぶ場所だったようで、ここで日本100名城スタンプが押せます。
こちらは後ほど紹介いたします。
弘道館の正面には橋がかかっていました。
この橋は大手橋で、今でこそコンクリートな橋ですが、当時は木の橋でした。
ちなみにこの橋の下には道路が通っています。
むかし、大堀切だった部分をそのまま道路として利用しているんですね。
三の丸と二の丸をつなぐこの大手橋には二の丸側に大手門が建てられていました。
水戸城は徳川家のお城になる前は、のちに久保田城の城主になる佐竹氏が入っていました。
その時代に建てられた二階造りの門だったとされています。
橋の手前には徳川斉昭の像が建てられていました。
水戸藩九代目の藩主であった徳川斉昭は、第15代将軍となった徳川慶喜の実父だったそうです。
水戸城は江戸時代には逆に珍しく?
総石垣なお城ではなく、川と土塁と濠の地形を利用したお城だったそうです。
今も土塁は形を残している部分がそのまま存在するようです。
さて、橋を渡るとそこは水戸城跡通りと名づけられていました。
両サイドには小中学校が並びます。
学問が盛んだったとされる水戸藩。
それは今でも学校が隣接するここを見ればわかるような気がします。
通りの右手には昔、天守の代用とされた三階櫓が建っていたそうです。
でも天守代用であるのに、本丸じゃなく二の丸に建っていたのもなにか変わっていますね。
さて、本城橋を渡っていよいよ本丸です。
ちょうど学校の始まる8時半ぐらいの時間帯だったので学生が妙に多かったです。
ちなみに本城橋の下は電車が通っていました。
この下の部分も大堀切となっていたようですね。
さて、橋を渡ると高校の入口が。
とくに生徒以外立ち入り禁止・・・とかでも無さそうなので入っていきます。
そして水戸城の唯一の現存遺構である薬医門です!
どうやら構造や技法から安土桃山時代のものでは?と書かれています。
本丸の橋詰門に使われていたという説が濃厚のようです。
長らく城外にあったそうですが、昭和56年に今の場所に移されたそうです。
それにしても横がテニスコートでボール当たったりしないんですかね(笑)
そんなわけで薬医門を堪能し、スタンプを押すために弘道館の開館を待つべく三の丸へ。
大手門の近くにはさらに別の像、徳川頼房公が見守っていました。
そして再び弘道館。
弘道館案内へ続きます。
【お城情報】
名称: 水戸城
住所: 茨城県水戸市三の丸
電話番号: 029-231-4725(弘道館事務所)
最寄駅: JR常磐線 水戸駅 徒歩約10分
最寄IC: 常磐自動車道 水戸IC 約30分
【日本100名城スタンプ】






















